東大寺とは

奈良の東大寺といえば、まず 思い浮かべるのは大仏殿ではないでしょうか。 東大寺は、神亀元年(西暦728年)に、 聖武天皇の皇太子、基王の菩提を弔うために 建立された、金鐘山寺にその起源をたどる ことができます。 天平15年(西暦743年)、聖武天皇が、 「盧舎那大仏造顕の詔」を発し、 これによって、大仏像が作られることに なりました。 天平17年(西暦745年)に造像工事を開始し、 天平勝宝元年(西暦749年)までに、大仏 本体の工事が完了しました。 そうして、天平勝宝4年(西暦752年)に、 大仏の開眼供養会が盛大に行われました。 大仏殿などを含む、東大寺の七堂伽藍の 造営工事は、延暦8年(西暦789年)まで 続けられ、一応の完成を見ることになります。
「東大寺」という名称は、天平19年(西暦747年) ごろの正倉院の文書に見られ、また、同時期 の木簡にも「東大之寺」の記載がありますので、 大和の国の国分寺としての金鐘山寺が、大仏殿 を中心とした伽藍に再編成される過程で、 首都である平城京の東にある官寺ということで、 「東の大寺」、「東大寺」と呼ばれるように なったのではないかと考えられます。
その東大寺も、都や歴史の移り変わりに 翻弄され、さらに明治の廃仏毀釈によって 深刻な打撃をこうむりました。 明治、昭和と、東大寺では大修理を 行い、特に昭和の大修理では、東大寺の 執事長、清水公照によって、10年がかりの 大規模な修理がおこなわれました。
写真集もたくさん出版されていますし、 ネット上でも壁紙などで東大寺の画像を 楽しむことができます。

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東大寺のお水取り

東大寺の「お水取り」は、正式には 修二会(しゅにえ)と呼ばれます。 もともと旧暦の2月1日〜2月14日の期間に 行われていたため、2月に修する法会という 意味で、「修二会」というそうです。 現在では、太陽暦により、3月1日〜3月14まで の日程で行われるようになりました。 今年、2008年には、1257回目の修二会が 執り行われました。
この修二会は、天平勝宝3年(西暦752年)に、 東大寺を開いた良弁僧正の高弟である、 実忠和尚によって、初めて行われたと伝え られています。
二月堂の本尊である、十一面観音菩薩に、 東大寺の僧侶たちが世の罪を背負い、人々 に代わって懺悔し、一般の人々に代わって 苦行を行い、天下太平や五穀豊穣、国家安泰 などを祈願する法要です。
お水取りには、練行衆と呼ばれる11名の僧侶が 出任あいます。この11名は、前年12月16日の 良弁僧正開山忌に選ばれます。 2月20日から、「別火」を呼ばれる、お水取りの 準備期間に入ります。 3月1日から、本行に入ります。まず、前日に大中臣の祓 が行われます。これは別名「天狗寄せ」とも言われ、 天狗たちが邪魔をしないように祓い清めます。 次に、授戒、食道作法、開白法要、三度の案内、 走りの行法、咒師作法、小観音出御と続き、 3月12日に、いよいよお水取りの本番です。 若狭井から、十一面観音にお供えする「香水」を 汲み上げます。この行法を「お水取り」と 呼ぶのです。
お水取りの行われる時間は、3月12日の早朝、午前 3時頃に行われます。 お水取りの象徴のような松明は、これらの行を 行う練行衆のための道明かりとして灯されます。 この、燃え残った炭を持ち帰ると、無病息災になる というので、見物人はこぞってこの炭を取り合います。
このお水取りを見学するツアーも、毎年 発売されていますので、手軽に見学したいという ときには、早めにツアーに申し込むといいでしょう。